御心のままに

マタイ福音書26章36~46 なぜ主イエスは、 「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」(26:39) と祈られたのでしょうか。 主イエスは、迫ってくる死の恐怖に震えていた、人間らしい弱さがここ[…]

あなたを知らない

マタイ福音書26章31~35   「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく。 『わたしは羊飼いを打つ。すると、羊の群れは散ってしまう』/と書いてあるからだ。」(26:31) これは、ゼカリヤ書13章からの引用です[…]

新しい契約

マタイ福音書26章26~30   聖書に記録されている「契約」には、どんな特徴があるでしょうか。 ノアは、自分の家族だけが生き残り、 丸裸になって仲間も誰もいないなかで大きな不安に包まれていたはずです。 アブラ[…]

まさか わたしのことでは

マタイ福音書26章14~25    出エジプトの出来事は、奴隷の家からの脱出です。 それは、奴隷という苦しい立場からの脱出であると共に、 偽りの神ファラオの束縛からの解放でもあったのです。   「わた[…]

無駄なこと

マタイ福音書26章1~16   「ベタニアで香油を注がれる」物語は、祭司長たちのたくらみとイスカリオテのユダの動きに挟まれています。   舞台は、ベタニアの「重い皮膚病の人シモンの家」(26:6)です[…]