お言葉どおりに

ルカ福音書1章26~38


「マリア、恐れることはない。・・・あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。」(1:30~31)

「イエス」は、ヘブライ語で「イェホシュア」、
「主は救いである」という意味です。このギリシア語が、「イエスース」です。

「その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。彼は永遠にヤコブの家を治め、その支配は終わることがない。」(1:32~33)

これは、サムエル記下7:16、及びイザヤ書9:5~6と重なります。

「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。」(1:35)

神の力がマリアを包む。生まれてくる子は、神の力によって生まれる、というのです。

「神にできないことは何一つない。」(1:37)

神の言葉は、すべて実現する。
マリアは言います。

「お言葉どおり、この身に成りますように。」(1:38)

「御心のままに」です。
この言葉は、「マリアの従順さを示している。」とされてきました。
しかし、「従順」という言葉で、簡単にくくっていいのでしょうか。

誰が父親か分からない子を身ごもったマリアを、ヨセフは受け入れるでしょうか。

村人に露見すれば、石打の刑にあうでしょう。

厳罰を免れたとしても、シングルマザーとして生きていくことになるかもしれません。
誰もかばってくれないなかで、周囲の厳しい視線と非難を浴びるのです。

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しかし、マリアは神の呼びかけを受け入れ、神に従って生きる道へと、覚悟を決めて踏み出したのです。

これは、

「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」(9:23)

という言葉につながります。
この選択をしたら、将来への希望がすべて吹き飛んでしまう。
しかし、神が何かをなそうとしておられる。
苦しいけれど、必ず良い結果へと導いてくださる。
だから、神様、あなたを信頼して従います。
御心のままに。
こういう言葉なのです。

ですから、マリアの態度は、単なる従順ではありません。
また、盲目的に神に従うことでもありません。
困難を承知のうえで、神が望んでおられるなら引き受けようという、決断なのです。

そこに、神が働いておられたのです。
何の力もない者が神に用いられて、大きな働きをなすのです。
(2020年11月29日)

 
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