ルカ福音書5章12~16
「全身重い皮膚病にかかった人」(5:12)
の癒しの物語です。
福音書には、詳しい症状の描写がないので、ハンセン病かどうかは分かりません。
ここでは、どういう病気だったかよりも、社会的にどう扱われたか、が問題です。
「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です。汚れた者です』と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。」(レビ記13:45~46)
家を出て、人里離れたところで掘っ建て小屋に住む。
家族から切り離され、親しい友人と言葉を交わすこともできない。
神殿や会堂で礼拝を捧げることも、禁じられました。
新型コロナ感染症が広がるなかで、周りの人と適切な距離を取ることが求められています。
それは、必要な対策ですが、しばしば行き過ぎが起こります。
あの店から感染が広がった、あの罰当たりな家が、と非難する。
そんなことが起こっています。
エイズが広がりはじめた頃、天罰だという偏見があふれました。
エイズの相談会を担当した医師のお話を伺ったことがあります。
陽性者は、周囲に知られるのを極度に恐れる。
もし知られたら、友だちを失う。
仕事を続けられなくなる。
アパートにも住めなくなる。誰にも打ち明けられない、というのです。
その医師が、普通の接触では感染しないんだよ、と手を握って励ますと、涙を流した、というのです。
ネパールで、ハンセン病の方を診察したお話も聞きました。
インドやネパールには、ハンセン病で故郷を追われた人が、今も大勢いるのです。
診療所にやって来た人を消毒し、薬を塗って、新しい包帯を巻き直した。
すると、こんなに丁寧に診てもらったのは初めてだ、と言って涙をこぼしたというのです。
「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」(5:12)
あなたは、わたしを清くする力をお持ちです。
わたしが清くなるように、と願ってくださいますか。
深い絶望の中で、主イエスに対する信頼を口にしたのです。
「イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち重い皮膚病は去った。」(5:13)
「手を差し伸べて」は、神が力ある業をなさる時の表現です。
「そっと触れた」のではなく、しっかりつかんでくださったのです。
「よろしい。清くなれ」「わたしは望む。清くされよ。」
重い皮膚病の人に触れることは、律法違反であり、厳しく禁じられていました。
厳しい規制を跳ね返すように、主イエスはこの人を抱きかかえられたのです。
ここに、神の意志がはっきりと示されています。
どんな人も、神から愛されています。
神は、もっとも弱い人、小さくされている人ともに、おられるのです。
(2021年3月14日)
